平成16年6月1日 マイスター通信 第9号
地域農業の活性化のために
(社)全国農業改良普及支援協会副会長
地域特産物マイスター審査委員   西村 璋三

 今後の農政の指針となる「食料・農業・農村基本計画」をめぐって、本格的な議論が始まっております。農家の高齢化が進む中、自由化にも対応できる足腰の強い大規模な「プロ農家」を育成することが主眼となっているという。最近では新鮮で健康に優れた生鮮食料品を求める消費者の要求に応えようとアパレル産業もこうした農産物の生産販売に乗り出しましたが、ものの見事に撤退を余儀なくされたという事例も聞いております。農業は余程儲かる産業であるかのような、また今日の不況時にメーカーの焦りとも思われるような現象が起きていると思わざるをえません。
 一方、勝ち組になるかもしれない事例として、食品メーカーを代表するある企業は、食品市場のノウハウに加えて、トマトの生産・加工・流通の専門的知識を最大限に生かし、ある県においては数十万坪に近い大規模な栽培施設を、また他の県でも数万坪の栽培面積を持つ施設を全国に作って消費者の要望に応えるといった動きもあります。
 民間企業の農業参入の事例として、関心を持たざるを得ないこうした現実がこのようなところに迫っているように思われます。
 また、今日食料消費や生活スタイルの多様化などから,食の外部化・簡便化などが進行し、「食」と「農」の距離が物理的・心理的に拡大してきています。この距離を縮めるため、各地で「地産地消」の多様な取り組みが進められるようになっています。
 地場農産物を地域の食卓へ、「地産地消」を合言葉に直販、契約栽培、学校給食などと結んで、地域食料確立の運動が全国各地で急速に拡大しており、売上高1億円以上、数億円を超えるところも誕生しております。
 私の住む千葉県では、最近地元の農業と農産物を見直し、地元で消費しようをスローガンに、また子供たちがとかく嫌いな野菜を美味しく食べようとホテルの調理人が料理し、学校給食に出すことを始めております。
 こうした地元の農業を足元から見直す地味な取り組みの一つ一つが地域経済の活力を生み、命と健康をはぐくむ食料自給率向上につながるものと思っております。
 地域特産物マイスターの皆さんは、こうした農業をめぐる新しい動きにも対応しながら、地域、県を越えた交流の場を通じてお互いが情報交換し、更に技を磨いて、マイスターの誇りを胸に一層地域農業の発展と活性化に貢献されることを願っております。
発行
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○平成16年度地域特産物マイスターを募集
 当協会は、地域特産物マイスターの公募を本年度も例年どおり行うこととして、平成16年5月20日付け文書で公募を開始しました(別紙1)。本年度も20人程度を認定する予定で、市町村、農業改良普及センターなどからの推薦を、応募期限を9月末日までとして受け付けます。地域特産物の栽培・加工の分野で豊富な経験や技術を持ち、地域特産物の産地育成を支援する役割を担えるような、地域特産物マイスターにふさわしい方がおられましたら是非とも推薦していただけるようお願いします。
 地域特産物マイスター制度が平成12年度に発足して以来、4年間で81名のマイスターが誕生しており、それぞれの地域で活躍されておりますが、まだマイスターが不在の県が12県あり、特にそのような県からの応募をお待ちしております。

○第3回地域特産物マイスターの集いを開催
 3回目を迎えた地域特産物マイスターの集いが、2月23日に昨年と同会場の三会堂ビル石垣記念ホールにおいて開催されました。本年も平成15年度に認定された地域特産物マイスターはじめ、前年度までのマイスター及び農林水産省、都道府県関係者等120名にも上る多くの方々に参加いただきました。
 はじめに、当協会西尾理事長が「最近は地域特産物の振興とかむらづくりということが盛んにいわれているが、マイスターの皆さんはその中心になって活躍して欲しい。」と挨拶し、次いで、来賓の農林水産省そめ染英昭審議官からは「農政の重点検討課題に触れつつ、最近の消費者ニーズの本物志向、食の安全・安心の問題などから地域特産物の重要性が高まっており、マイスターの皆さんは長年の経験と優れた技術を持って、地域農業の活性化のために今後とも励んでいただきたい。」とのご挨拶をいただきました。
  次に、平成15年度マイスターへの認定証交付を一人一人に行い、マイスターを代表して長野県の関京子氏が「武士の携行食であった柚餅子を伝承して、特産品づくりをしている活動内容に触れながら、昔の生活の知恵を21世紀に残していくこともマイスターの使命だと思う。」と挨拶されました。
 また、今回は14年度マイスターの福嶋安徳氏(熊本県)が代表を務める「千丁町ひのみどり会」が昨年度農林水産祭天皇杯を受賞されましたので、その受賞の喜びといぐさ新品種導入による産地復興への取り組みについて語っていただきました。
 その後、独立行政法人食品総合研究所の鈴木建夫理事長(現宮城大学教授)から「国民の盛衰は‘食’の如何による」のテーマで、食品の安全性や食と健康の話などについて、多くの研究成果を紹介しながら食の大切さについて有意義なお話をいただきました。
 会議終了後の交流会では、出席されたマイスターを中心に相互の交流も図られ、今後の連携・交流の礎となる意義ある集まりになりました。
 なお、この会議の模様については、別冊「第3回地域特産物マイスターの集い報告書」として取りまとめましたので、ご一読ください。

○平成15年度地域特産物マイスター協議会を開催
 「地域特産物マイスターの集い」終了後、同会場の石垣記念ホールにおいて、マイスターの相互の連携・交流を図るための「地域特産物マイスター協議会」が開催されました。マイスター39名が出席し、新規会員の入会や会計報告を行い、役員選任などについて話し合いました。

 役員の任期は規約で2年になっており、本年は改選の年に当たりますが、全員再任となり、会長は、引き続き山田琢三氏にお願いすることになりました。また15年度認定のマイスターからの新規理事については、マイスターの人数の多い県から選ぶこととして、会議終了後に話し合いを行い、茨城県の上田稔氏と長野県の阿部誠氏にお願いすることになりました (別紙2)。
 新しい会員には、協議会の主な事業が、年1回の総会のほかマイスターの集いや地域特産農業情報交流会議への出席、研修会の開催、ニュースレターの発行等情報の収集・提供であることなどを規約に基づき説明しました。

○地域特産農業情報交流会議を開催
 地域間の情報交流を進めることにより、地域特産物の産地形成、地域振興のリーダー育成などに資するための「地域特産農業情報交流会議」が、2月24日に地域特産物マイスター32名を含め、180名の多くの参加を得て開催されました。
 プロラムは別紙3のとおりで、北海道の螺湾(らわん)ブキなど全国から7つの産地事例が報告されました。本年は、品目としては果樹・野菜類ですが、他の地域にはない地域ブランド的な特産物が多く取り上げられたのが特徴でした。その後、山崎農業研究所の小泉浩郎氏の司会で「特産物を核とした地域おこし」をテーマに、熱心に討議が行われ、最後にコーディネーターの小泉氏が、「地域特産物のマーケティングは一般の農産物とは違う視点を持つ必要があるのではないか。例えば、技術も平準化するのではなく、その産地の特徴ある技術を守る姿勢が必要である。大型機械を導入して低コスト化
を図るのではなく、そこで働く人の所得など地域社会への影響を考え、手作りの良さの位置づけを考える必要もある。また、全国ブランドにするのではなく、地域限定を主張した特産づくりも必要であろう」とまとめられ、出席者も最後まで熱心に参加されて、有意義な会議となりました。

○いぐさ・畳表産地強化特別対策現地検討会を開催
 我が国のいぐさ産地は、近年の輸入増加により大きな影響を受けてきましたが、この輸入品に対抗しうる生産体制を確立するため、いぐさ産地では、平成14年度から「いぐさ・畳表産地強化特別対策事業」が実施されてきました。この事業の取組状況や成果などについて発表し、意見を交換しようと、当協会の主催により3月25日・26日に、産地の熊本県千丁町において「いぐさ・畳表産地強化特別対策現地検討会」が開催されました。
 この会議には、生産者、畳関係団体、行政担当者ら約450人が出席し、明治大学名誉教授の井上和衛氏の講演、4産地からの事例報告、西尾理事長司会による団体代表の意見交換などが行われました。業界からの注文も聞き、生産者も産地活性化に向け意欲を新たにする大会になりました。


                   
千原 信彦  地域特産物マイスター審査委員
                     ((株)JA情報サービス 参与)

1.次代に良い土を残したい
    −自慢のレンコンを余すところなく利用−

作本弘美さん(63歳) 熊本県下益城郡松橋町東松崎
 
 松橋町東松崎は180年前にできた不知火海の干拓地だ。レンコンは96年前に作本さんの祖父の故清吉さん農事組合長時代に導入した作物という。平成6年には有限会社作本農園を設立したが、今は息子さんの貴則さん(32)が社長。作本さんは大和自然農業研究会長、有限会社肥後れんこんの里の社長を務める。「一流のシェフがおいしいと認める野菜を作る」が信条で、「孫も生まれたし、これから60年は我が家の農業は続く」と農業植え付け間近のレンコン田に立つ作本さんへの愛着をこう表現している。
 同町のレンコンは、昭和46年からの転作で広がりを見せ、今は同地区と隣の萩尾地区が中心で約100ヘクタールある。2ヘクタールのレンコン田を経営する作本さんは「農業は一番楽しい職業。自然環境との戦いはあるが、やりようではいくらでもおもしろい経営ができる」と豪快に笑う。
 レンコンは国民の食生活が変わり、根もの全体が大変な時期にあるが、台風に弱い以外は良い作物、と作本さんは分析する。町全体では、生協やJAを通じての販売だが、作本さんの場合は生協への出荷で手一杯で、他へ荷が回らないほど忙しい。
 その上、販売に適さないくずレンコンはスライスして乾燥、干しレンコン、あるいは粉として売るし、売り物にならない“節”もやはり乾燥してせき止め用としてお茶代わりに飲む製品に仕上げた。干しレンコンは洗う手間がいらないと好評だし、アトピー性皮膚炎に効くとの評判も出てきた。こういった口コミで広がりを見せている。この加工も簡単。ニンジン洗い機とスライサー、シイタケ乾燥機を生かしただけ。7月から3月まではレンコンが出荷できるが、4〜6月は収入が途絶えるため、(有)作本農園が主体になってグリーンアスパラガスの栽培を行い、作業、収入の谷間を埋めている。
 作本さんの経営で最大の特徴は、自然農業だ。土着微生物を採取し、これを2週間寝かしてボカシ肥料を作り、大量に畝間に施す。このボカシも特徴がある。材料は米糠、大豆くず、炭、かに殻で、これに水分調整を兼ね「天恵緑汁」を混ぜ込む。これは奥さんが担当で、近くの野山からセリやヨモギを取ってきて、黒糖と塩で漬け込む。このエキスを天恵緑汁というが、人間が飲んでも良い。葉面散布にも使う。土着微生物は上流の竹藪からとってきた。
 また、トイレ排水も積極的に活用する。作本さんは生理活性水と呼ぶが、排水をばっ気処理して浄化し、ボカシにまいて、乾燥鶏糞などとともに腐熟を促進している。
 昭和51年当時、一家そろって病気に悩まされた作本さんは、著名な医師、竹熊宜孝氏から食べ物が一番大事といわれ、有機農法を取り入れた。しかし、これも満足感が得られず、韓国のチョーハンギュ氏らが提唱する自然農業協会に感銘、今は日本協会のメンバーになっている。
 ボカシや天恵緑汁を使うようになって、野菜の味が良くなったし、アスパラの腐敗病などは防げている。町が勧めるフェロモントラップなどの効果もあり、化学農薬は使っていない。一流のシェフからも味がよいとほめられ、「そういった野菜を消費者に届けるのは農家の役目」と作本さんは作った品物に絶対の自信を見せる。「長女が新規就農したし、次女は農家へ嫁入り、長男は後継ぎ、三女はここの事務所を手伝う、と一家全員が農業者。作本農園はあと60年は大丈夫。だから私の役目は次代に残る土作り」と言 い切り、土に対して情熱を傾ける作本さんだ。

<写真上:植付け間近のレンコン田に立つ作本さん>
<写真下:ボカシを敷き詰めたアスパラガス畑>


2. 大型機械を駆使し、サトウキビの専作経営
    −技術に磨きかけ計画性ある経営設計−

岩下雅一郎さん(51歳) 鹿児島県大島郡喜界町坂嶺

 鹿児島市から南へ380`。亜熱帯の島、喜界島で26fのサトウキビ畑を耕す岩下雅一郎さん。糖業だけの農事組合法人「ファームテック喜界」の代表者でもある。高齢化が進む島内で7fの収穫受託も引き受けており、一方で展示ほなど普及センターと協力、常に研究をし続ける。平成12年度の天皇杯受賞者で島では著名人だ。
 サトウキビは春植えと夏植えがある。春植えは2〜4月に植え付けるもので、翌年2月から収穫する。夏植えは7月〜9月に植えて、1年半たってから収穫する。当然収量に差があり、夏植えの方が反収が高い。収穫と植え付けが重ならない利点もある。しかし、栽培期間が長いため、最近は株出し栽培といって収穫後も耕耘せず、そのままにして根から芽を出させる方法が普及しており、岩下さんはその指導者でもある。というのは、株出しの場合、いつまで株が使えるかどうかの判断が難しく、土壌害虫の発生次第で萌芽の状態が変わってくる。このため、喜界島ではやせ地は春植え、肥よく地は夏植えとなっているが、株出しの場合は萌芽を見極めてから何年その株が使えるかの判断が決め手といわれる。
 岩下さんの機械化作業は、植え付けが全茎式プランター、管理作業は2連ロータリーカルチ、収穫はケーンハーベスターを使う。プランターは長いサトウキビを手で機械に差し込んでいくと、15センチくらいに切りながら、機械前部に装置したロータリーが植え溝を切り、そこに落とし込んでいく。これまでの手刈りした茎の頂部(鞘頭部)を切って挿し木するのに比べると、格段の高能率だ。
 ハーベスターも威力を発揮する。使っているのは株出し栽培の萌芽の様子を観察するオーストラリア製の中型だが、刈り取り、はかま除去、切りそろえ、網袋に収納を一気にこなす優れもの。しかしそろそろ更新期に入るため、次期はやや小型の国産機械を入れる予定。
 この機械化で、10アール当たり労働時間は24時間ですんでおり、平成10年の全国平均110時間に比べ5分の1。苦しい手おのを使った収穫作業はもちろんない。
 この栽培を支える技術として、まず緩効性肥料の施用がある。栽培期間が1年(春植え、株出し)から1年半(夏植え)と長いため、窒素分がゆっくり溶け出すコーティング肥料を平成9年から使っている。雑草防除は耕耘や除草剤で対応するが、渡来雑草が多くなっているのに頭を悩ますと岩下さんは言う。
 土作りは収穫時に大量に出るはかまをそのまますき込み、夏植えするが、これで地力は賄えているようだ。耕作地のほとんどがジャーガルと呼ばれる赤色土で、有機物の施用は欠かせないが、島内ではバカス(キビの絞りかす)のたい肥化はほとんど見られない。
 若いころは電機メーカーでサラリーマンを経験、Uターンして後を継いだ岩下さんだが、すでに長男(19)が後を継ぐ予定で、「これまでは糖業のルネサンスをめざして、機械化し、他の2人の組合員と分業化、所得の維持向上を図って高収益性農業は実現できたと思う。これからは子育てが終わるから、10月には放送大学に入り改めて勉強をしたい。カメラマンになって海洋写真を撮りたい。とにかくただの農家で終わりたくない」と若々しく意気込みを話す岩下さん。
 「環境保全が今一番望まれていること。地下水に頼る島だけに肥料が混じると大変だし、トラクターの往来にしても、タイヤに土を付けたまま公道を走らないようにしている。道路を汚すことは環境上からも良くない。これが“あの人なら自分の畑を大事に管理してくれる”という地域の信用にもつながる」と経営者としての心構えも話してくれた。

<写真上:作業中のケーンハベスターから降り立つ岩下さん>
<写真下:株出し栽培の萌芽の様子を観察する>

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